東京高等裁判所 昭和40年(う)2182号 判決 1967年12月15日
被告人 石井寿助 外一名
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、全部被告人遠藤美佐雄の負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、被告人石井寿助の弁護人杉崎重郎提出の控訴趣意書および昭和四二年五月三〇日付陳述書ならびに被告人遠藤美佐雄提出の控訴趣意書(同被告人作成の昭和三八年四月二日付上申書添付)、同被告人提出の昭和四一年三月付上申書および同被告人の弁護人今井敬弥提出の控訴趣意書(弁護人補充書)各記載のとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対し次のとおり判断する。
杉崎弁護人の控訴趣意第一点(同弁護人の昭和四二年五月三〇日付陳述書記載の主張を含む。)(事実誤認の主張)について
所論は、原判決は、罪となるべき事実第一の一の(一)、(二)および(三)において、被告人石井寿助が、原審相被告人森田宗作らと共謀のうえ、その任務に背き、横浜信用金庫の資金から右(一)の別紙一覧表(第一)の1の一、六〇〇万円および同2の二、七七〇万円をナルトスポーツ販売株式会社に対し、右(二)の七〇〇万円を株式会社ミハル製作所に対し、また右(三)の四〇〇万円を国際スポーツ株式会社に対しそれぞれ貸し付けて、同金庫に財産上の損害を加えたとの事実を認定したが、被告人石井らは、前記各会社に対し、原判決中の貸付けなる文言に窺われるごとき現実に金銭を交付する意味においても、新たな債権を発生させる意味においても、また既往の債権の額を増加させる意味においても貸付けを行なつたものではなく、(い)前記(一)関係のナルトスポーツ販売株式会社に対する一、六〇〇万円と二、七七〇万円の各貸付けは、昭和三四年五月末ごろから同年八月ごろまでの間の横浜信用金庫の同会社に対する月末貸付金残高を貸付限度額一、〇〇〇万円の枠に見合う少ない額に見せかける目的で、単なる月末月初の資金操作としてなされたものであつて、同会社から同年五月と六月の各月末にそれぞれ額面合計一、六〇〇万円と同二、七七〇万円の各資金の裏付けのない他店小切手を受け取つて、帳簿上形式的に同会社に対する貸付金の返済に充当したこととしたうえ、右各小切手の決済資金として、同年六月と七月の各月初めに同様形式的に同会社に対してそれぞれ一、六〇〇万円と二、七七〇万円の各貸付けをしたこととして、右各額面の小切手を交付したに過ぎず、また(ろ)前記(二)および(三)関係の株式会社ミハル製作所および国際スポーツ株式会社に対する横浜信用金庫からの七〇〇万円と四〇〇万円の各貸付けについては、ナルトスポーツ阪売株式会社から右両会社に対して貸し付けられていた合計一、一〇〇万円の設備資金等が、同金庫のナルトスポーツ販売株式会社に対する貸付金から支出されていて、同金庫としては、中間体を置かないで右両会社の実態をはあくしてこれを監督するため、右両会社とナルトスポーツ販売株式会社間および同会社と金庫間の前記各一、一〇〇万円の貸借関係を決済させて、直接貸しの形式に改める必要があつたところから、株式会社ミハル製作所に対し七〇〇万円、国際スポーツ株式会社に対し四〇〇万円をそれぞれ貸し付けたものであり、ナルトスポーツ販売株式会社と右両会社とは元来同一体であるから、右両会社に新たな貸付を行なつたものとみることはできず、右(い)および(ろ)の各事情を看過して、原判決のごとき意味での各貸付けがあつたものと認定した原判決には、証拠の価値判断を誤まり事実を誤認した違法がある、と主張する。
よつて按ずるに、前記(い)の点については、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、本件一、六〇〇万円と二、七七万円の各手形貸付けがいずれも新規の貸付けである点をも含めて、原判決罪となるべき事実第一の一の(一)別紙一覧表(第一)の1および2の各事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌しても、本件各貸付けがそれぞれ旧債書替の形式によらず、新たな借入申込書を徴し、帳簿上も新規貸付けとして処理されている事情のほか、貸付け後の資金の処分について、(1) 昭和三四年六月一日貸付けの一、六〇〇万円の関係においては、手形番号三二一九号の約束手形により貸し付けられた右一、六〇〇万円の資金がいつたん横浜信用金庫におけるナルトスポーツ販売株式会社の当座預金口座に振り込まれ、次いで同金庫の同会社に対する同年五月三〇日を支払期日とする合計一、六〇〇万円の手形貸付けの弁済として差し入れられていた、資金の裏付けのない各他店小切手合計三通(額面合計一、六〇〇万円)の決済資金とするため、同金庫あての右に見合う各小切手合計三通が振り出されて、右各他店小切手のあて先に交付され、次いで前者と後者の各小切手が交換により決済されていること、(2) 同年七月一日貸付けの二、七七〇万円の関係においては、手形番号三八三六号の約束手形により貸し付けられた右二、七七〇万円の資金が、うち六九〇万五、〇〇〇円は現金で支払われ、残余の二、〇七九万五〇〇〇円はいつたん横浜信用金庫におけるナルトスポーツ販売株式会社の当座預金口座に振り込まれ、次いで同金庫の同会社に対する同年六月三〇日を支払期日とする手形貸付けの弁済として差し入れられていた、資金の裏付けのない各他店小切手合計四通(額面合計二、七七〇万円)のうち一通の決済に右の現金が当てられるとともに、残余の三通の決済資金とするため、同金庫あての右に見合う各小切手合計三通が振り出されて、右各他店小切手のあて先に交付され、次いで前者と後者の各小切手が交換により決済されていることなどの事情の存することが認められるのであつて、これらの事情からすれば、本件各手形貸付けが、横浜信用金庫のナルトスポーツ販売株式会社に対する関係における単なる内部的な帳簿上の操作にとどまる旧手形貸付けの書替ではなく、第三者に対する関係においても現実に資金の動きを伴なう新規の貸付けとみるべきものであることが明らかであり、さらに前記(ろ)の点につきみるに、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、本件七〇〇万円と四〇〇万円の各貸付けがいずれも新規の貸付けである点をも含めて、原判決罪となるべき事実第一の一の(二)および(三)の各事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録を精査し、当審における事実取調べの結果に徴しても、右各貸付けが、それぞれナルトスポーツ販売株式会社とは法律上全く別個の存在とみるべき株式会社ミハル製作所および国際スポーツ株式会社に対する新規の貸付けとして経理処理されている事情のほか、貸付け後の資金の処分について、同年九月三〇日横浜信用金庫保土ケ谷支店から株式会社ミハル製作所に対し証書貸付けにより貸し付けられた七〇〇万円のうち六八五万五、四〇〇円が同支店次長振出しの小切手で、また同日同信用金庫反町支店から国際スポーツ株式会社に対し同様証書貸付けにより貸し付けられた四〇〇万円のうち三八九万六、〇〇〇円が同支店次長振出しの小切手でそれぞれ支払われ、次いで右各小切手が、ナルトスポーツ販売株式会社を経て、横浜信用金庫本店の同会社に対する同日を支払期日とする各手形貸付合計六口の弁済に当てられていることなどの事情が認められるので、本件各貸付けが新規の貸付けであることは明らかであつて、現実に資金の動きのない旧手形貸付けの単なる書替に過ぎないものとは到底認められず、前記(い)および(ろ)いずれの点においても原判決には、事実誤認の違法があるものとはいうことができない。論旨は理由がない。
杉崎弁護人の控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について
所論は、原判決は、罪となるべき事実第一の二において、被告人石井寿助が、横浜信用金庫を代表する理事長として、同金庫の資金の貸付けを行なうに当つては、資力信用の乏しい者に対する貸付けを差し控えるなどして、同金庫のため誠実にその義務を処理すべき任務を有していたにかかわらず、その任務に背き、原審相被告人森田宗作ほか一名と共謀のうえ、株式会社新潟建設が、資産状態、経営成績悪く、その欠損は累積し、横浜信用金庫のこれに対する貸付け残高約一、五〇〇万円も回収の見込みが立たず、これにさらに貸付けを行なうにおいては、その回収が不能となり、同金庫に財産上の損害を加えるに至るべき状態にあることを認識しながら、同会社の代表取締役高野開三郎が右金庫の総代としてその役員人事につき有力な発言者であつたこともあつて、同会社に対し原判示のごとく前後一三回にわたり、同金庫の資金合計一、三一三万二、五〇〇円を貸し付けて同金庫に同額の財産上の損害を加えたとの事実を認定したが、(い)本件貸付けに当つて、被告人石井としては、これにより株式会社新潟建設の経営を立て直して横浜信用金庫のこれに対するすべての貸付けを回収し、同金庫に損害を加えないだけでなく、ひいてはその業務実績を向上させることを意図したものであつて、単に同会社の利益を図ることだけを目的としたものではなく、また(ろ)本件貸付けは、同会社が東北開発株式会社から請け負う見込みのあつた建築工事の前渡金約四、〇〇〇万円を第一の引き当てとし、右の前渡金がはいらない場合は、新潟建設の代表取締役高野開三郎の娘高野愛子所有の時価約四、〇〇〇万円相当の不動産につき抵当権を設定する約旨のもとに、回収可能な貸付けと判断してなされたものであつて、被告人石井には、その任務に背き、横浜信用金庫に回収不能による財産上の損害を加えるべきことの認識はなく、さらに(は)本件貸付けを含む株式会社新潟建設に対する同金庫の全債権の担保として、昭和三五年七月に至つて高野愛子所有の前記不動産その他につき根抵当権が設定されるとともに、その支払いについても公正証書による割賦返済契約が締結されて、昭和三九年一〇月までの間に合計八三五万円余の返済がなされており、残余の返済の見込みも確実であつて、本件貸付けが回収不能となつた事実のないのはもとより、同金庫に本件貸付金と同額の財産上の損害が加えられた事実もなく、右(い)ないし(は)いずれの点よりするも原判決には、証拠の価値判断を誤まり事実を誤認した違法がある、と主張する。
よつて、まず前記(い)の本件貸付けの目的の点につきみるに、背任罪の成立には、他人のためその事務を処理する者が自己もしくは第三者の利益を図りまたは本人に損害を加える目的をもつてその任務に背いた行為をすることを要し、単に本人の利益を図る目的のみをもつて行為するだけでは足りないが、主として自己もしくは他人の利益を図る目的がある以上は、たとえこれに付随して本人の利益を図る目的があつても、本罪の成立を妨げないものと解するのを相当とし、本件において原判決は、罪となるべき事実第一の二として、本件貸付けが株式会社新潟建設の利益を図る目的にでたものであることを明確には判示していないにしても、判文中に、「同会社の代表取締役である高野開三郎が同金庫の総代として金庫役員の人事につき有力な発言者であつたこともあつて、」「株式会社新潟建設名義ではもはや貸付けられないところから、貸付先を青木四郎あるいは木村弘名義と仮装して」原判示各貸付けを行なつた旨判示しており、これを原判示前後の事実関係に照らして考えれば、原判決が本件貸付けが主として同会社の利益を図る目的をもつてなされた事実を認定したものであることを窺い知るに十分であるとともに、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、右の目的の点をも含めて、原判決罪となるべき事実第一の二の事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録を精査検討しても、被告人石井が所論のごとき意味合いにおいて横浜信用金庫の利益をも見込んでいたことが認められないではないが、本件貸付けの目的が前記のごとく株式会社新潟建設の利益を図ることを主としたものであつて、同金庫の利益を見込んだのは、右の主たる目的に付随した全く従たる目的に過ぎないことも明らかであるので、原判決の認定を覆す事由となし難く、この点において原判決には、事実誤認の違法は認められず、次に前記(ろ)の財産上の損害についての認識の点につきみるに、背任罪の成立には、任務に背いた行為の結果本人に財産上の損害を加うべきことの認識のあることを必要とするが、右の認識は確定的なものであることを要せず、未必的認識をもつて足りるものというべく、本件において原判決は、被告人石井において、「更に同金庫の金員を同会社に貸付けるにおいてはその回収が不能となり、同金庫に財産上の損害を招くべきことを認識しながら」本件貸付けを行なつた旨判示しており、これを原判示前後の事実関係に照らして考えれば、同被告人に右金庫に対し財産上の損害を加えることの未必的認識があつた事実を認定したものであることが明らかであつて、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、右の事実を認めるに足り、さらに記録を精査検討しても、本件貸付けに先だつて被告人石井と株式会社新潟建設の代表取締役高野開三郎の間に弁済確保のため所論のごとき口約束の存したことが認められないではないが、同会社の赤字経営の実態、横浜信用金庫の同会社に対する純債一、〇〇〇万円の貸付け限度額を越えた多額の不良貸付けの存在、かかる状況のもとで原判示のごとく貸付け先の名義を仮装してさらに本件貸付けがなされるに至つたことなどの事実ならびに各貸付けが一月前後ないしは数日間という極めて短期の手形貸付けであり、最初の三口の貸付けの合計二六七万余円に対しても、期日までに弁済の完了したものはなく、弁済の内入れとしてわずかに八万余円が支払われたに過ぎないにかかわらず、その後さらに一〇口の貸付けがなされており、当初からの本件貸付け総額一、三一三万二、五〇〇円に対し内入れ弁済として合計五三万余円が支払われたのみで、残余の貸付金は各支払期日に正規の弁済を受けることができなかつた事実をも併せ勘案すれば、本件貸付け当時、前記口約束があつたため、被告人石井において回収が確実であると信じ、従つて金庫に対し財産上の損害を加えるべきことの未必的認識をも有しなかつたものとは到底認められず、これに反する同被告人の原審公判廷における供述は措信することができないばかりでなく、他にこの点に関する原判決の認定を左右するに足りる証拠もないので、この点において原判決に、事実の誤認があるものとは認められず、さらに前記(は)の財産上の損害の発生の点につきみるに、刑法第二四七条にいわゆる財産上の損害を加えたるときとは、財産上の実害を発生させた場合だけでなく、財産上の実害発生の危険を生じさせた場合をも包含し、任務違背の行為によりかかる財産上の実害発生の危険を生じさせたときは、その任務違背行為の終ると同時に背任罪が成立し、後に至つて右の財産上の損害が補填されまたはそのための担保が供されたかどうかは、犯罪の成立に影響を及ぼすものではないと解するのを相当とし、本件において原判決は、被告人石井において、「同金庫の資金合計一三、一三二、五〇〇円を貸付け、もつて同金庫に同額の財産上の損害を与え」た旨判示しており、これをこれに先だつ原判示事実関係とも併せ考えるときは、原判決が、判示金額相当の財産上の実害発生の危険の生じた事実を認定したものであることは明らかであつて、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば右の事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録を精査考量するも、本件貸付けの未払分を含む株式会社新潟建設の横浜信用金庫に対する全債務の支払いを担保するため所論の不動産につき根抵当権が設定せられ、右の支払いにつき公正証書による割賦返済契約が締結され、すでに右債務の一部の支払いがなされ、残余の債務の支払いも確実とみられるなど所論のごとき事実の存することが認められないではないが、それらの事実はいずれも本件貸付け後のこれによる損害の補填ないしはそのための担保に関するものであつて、本件貸付けにより同金庫に対し財産上の損害を加えたとの原判決認定の事実を覆すに足りる資料とはなし難く、この点においても原判決には、事実の誤認があるものとはいうことができないので、所論の主張は、前記(い)ないし(は)いずれの点においてもその理由がなく、採用の限りでない。論旨は理由がない。
杉崎弁護人の控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について
所論は、原判決は、罪となるべき事実第二の一において、被告人石井寿助が、横浜信用金庫の理事長として、ナルトスポーツ株式会社およびナルトスポーツ販売株式会社の各専務取締役である原審相被告人林清太郎から、右両会社が同金庫から資金の貸付けを受けなどするにつき有利な取扱いを受けたことに対する謝礼等の趣旨で贈与されることの情を知りながら、現金一〇万円の供与を受けて、その職務に関し賄賂を収受したとの事実を認定したが、原判示一〇万円は、ナルトスポーツ株式会社が中小企業金融公庫から九〇〇万円の融資を受けた際、同被告人において、個人的にその斡旋に尽力したことに対する謝礼として受領したものであつて、なんらその職務には関係なく、原判決には、この点において証拠の価値判断を誤まり事実を誤認した違法がある、と主張する。
しかし、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、本件金員の受領が被告人石井の職務に関するものである点をも含めて、原判決罪となるべき事実第二の一の事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録を精査検討しても、右の認定に反し、所論の主張に添うがごとき同被告人の原審第二回公判期日ならびに当審第一〇回公判期日における供述部分は、他の証拠に照らし措信し難く、他に原判決の認定を覆すに足りる証拠はないので、原判決には、事実の誤認があるものとは認められない。論旨は理由がない。
被告人遠藤の控訴趣意第一点ないし第四点(同被告人作成の昭和三八年四月二日付および昭和四一年三月付各上申書記載の主張を含む。)、今井弁護人の控訴趣意第一点(以上、被告人遠藤関係)ならびに杉崎弁護人の控訴趣意第四点(被告人石井関係)(いずれも事実誤認の主張)について
各所論は、それぞれ、原判決は、被告人遠藤美佐雄に対する罪となるべき事実第三の一の(一)ならびに被告人石井寿助に対する同第三の二において、被告人遠藤が美楽興業株式会社の発起人として、同会社の設立に関し原判示預合をした事実ならびに被告人石井が横浜信用金庫の理事長として、被告人遠藤の右預合に応じた事実を各認定したが、本件預合は八木邦継が行なつたものであり、また被告人石井ば同人の預合に応じたものであつて、原判決には、右両被告人に対する各関係において証拠の価値判断を誤まり、特に被告人遠藤に対する関係においては、取調官に迎合してなされた任意性も信用性もない同被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書記載の供述を採証して、それぞれ事実を誤認した違法がある(被告人遠藤の控訴趣意第二点審理不尽の主張は、結局事実誤認を主張するにあるものと認められる。)、と主張する。
しかし、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、本件預合をした者が被告人遠藤美佐雄であることならびに被告人石井寿助において被告人遠藤の右預合に応じたものであることの各点をも含めて、それぞれ、原判決罪となるべき事実第三の一の(一)ならびに同第三の二の各事実を認めるに足り、各所論に基づきさらに記録を精査し、当審における事実取調べの結果を参酌しても、被告人遠藤に対する所論中、同被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書記載の供述が、逮捕勾留中しかも取調べのための往復の街路を手錠を掛けたまま歩かされた拷問に等しい取扱いの苦痛から、早期釈放を願い取調官に迎合してなされた任意性も信用性もないものであるとの点については、被告人遠藤提出の控訴趣意書添付の同被告人作成の昭和三八年四月二日付原審裁判長あて上申書中に所論に添うごとき事実の記載があるが、右の上申書が原審に提出された形跡はなく、また同被告人が原審においてその内容に触れた供述をした形跡もないばかりでなく、右上申書の作成日付後である昭和三九年三月一六日の原審第三三回公判期日においては、「自分は昭和三六年七月七日逮捕されて二週間はいつており、警察官や検事に対して全面的に認めたごとき調書ができている。」「勾留はつらいことであるが、自分は野戦のつもりならなんでもないとがまんしていた。」「頭がぼうつとしてわからないということはないが、自分の主張は聞いてくれるものはなく、事実こうだらうと言つてこられれば、迎合心理で認めざるを得なかつた。」「世間なみの拷問を受けたというようなことは一切ない。」旨の供述をしており、右の事実に照らせば、同被告人の前記各供述調書記載の供述が任意性を欠くものとは認め難いと同時に、被告人遠藤および八木邦継の両名が美楽興業株式会社設立後はともに代表取締役となり、その最高責任者として同会社の運営に当るべき立場にあつたこと、右両名が横浜信用金庫の理事長としての被告人石井に対しそれぞれ相当の影響力を持つており、右会社設立後の事業資金の融資の問題についてもともにこれとの折衝に当つていることなどの事情を勘案すれば、所論の指摘する原判決挙示の被告人遠藤の司法警察員に対する昭和三六年七月一〇日付および検察官に対する同年同月一四日付各供述調書記載の供述の信用性ばかりでなく、原判決挙示の八木邦継の検察官に対する同年同月一二日付供述調書記載の供述および同人の原審第一六回公判期日における証言の各信用性も十分認められるところであつて、この点に関し、殊に被告人石井寿助の原審ならびに当審公判廷における本件預合の依頼を受けた相手方は八木邦継である旨の供述については、被告人遠藤が、石井寿助にとつては同人が横浜信用金庫の理事長になつたことについて、いささか功労のあつた者であることは本件記録によつて窺われるところであり、このような石井寿助が、被告人遠藤において真実本件預合に全く無関係であつたとすれば、捜査官に対し、被告人遠藤が預合の依頼を受けた相手方である旨供述する道理はないものと認められ、しかも被告人石井寿助は当審公判廷において、捜査官に対して預合の依頼を受けた相手方が被告人遠藤であるごとくに供述したのは思い違いであつた旨弁解し、その相手方は八木邦継であると供述するけれども、右のような関係にあつた者同志の間において全く無関係であつたならば思い違いの生ずる余地は全くないものと認められるので、被告人石井寿助の原審ならびに当審公判廷における本件預合の依頼を受けた相手方は八木邦継のみであつて、被告人遠藤ではない旨の供述は到底信用するに足らないものと認められ、また押収にかかる被告人遠藤所有の手帖(昭和四〇年押第八〇六号の七五)の記載によつても、本件預合に被告人遠藤が無関係であつたものとは認められない。その他原審ならびに当審公判延で取り調べた証拠中、原判決の認定に反する部分は信用するに足らず、しかして、前記信用性の認められる各証拠の外原判決挙示の関係証拠をも併せ考えるときは、本件預合を被告人遠藤においても行なつた事実が明らかであるとともに、なお右八木もまた共犯として右預合の実行に加担した疑いがあり、この点において前記原判決の各認定には事実誤認の疑いがないではないが、八木が本件預合に加担した事実があつたからといつて、被告人遠藤および同石井の本件罪責に消長のあるべきいわれはなく、原判決に右の点において事実誤認があつたとしても、この誤りが判決に影響を及ばすことが明らかであるとはいうことができないので、所論の主張は採用できない。論旨は理由がない。
今井弁護人の控訴趣意第二点(事実誤認の主張)について
所論は、原判決は、罪となるべき事実第三の一の(二)において、被告人遠藤美佐雄が、横浜地方法務局係員に対し美楽興業株式会社の発行済株式総数二五〇〇株の払込が完了した旨不実の事実を申立てて右会社の設立登記の申請をし、情を知らない同係員をして商業登記簿の原本にその旨不実の記載をさせたとの事実を認定したが、右登記の申請をしたのは豊田稔であつて被告人遠藤ではなく、原判決には、この点において事実の誤認がある、と主張する。
しかし、原判決挙示の各関係証拠を総合すれば、被告人遠藤が本件犯行の補助者として情を知らない豊田稔を使用して原判示登記の申請をした事実をも含めて、原判決罪となるべき事実第三の一の(二)の事実を認めるに足り、所論に基づきさらに記録を精査し、当番における事実取調べの結果を参酌しても、同被告人の原審公判廷における供述ならびに原審および当番における証人豊田稔の各供述中右の認定に反する部分は他の証拠に照らし措信し難く、他に原判決の認定を覆すに足りる証拠はないので、この点において原判決に事実の誤認があるものとは認められない。論旨は理由がない。
よつて、本件各控訴は理由がないので、刑事訴訟法第三九六条によりいずれもこれを棄却し、当審における訴訟費用は、同法第一八一条第一項本文に則り全部被告人遠藤に負担させることとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 石井文治 山崎茂 渡辺達夫)